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《風》(2017)

 本作は、久門剛史が東アジア文化都市2017現代美術展「アジア回廊」展(京都、2017)に出展した作品である。会場となった二条城東南隅櫓の二層構造を利用したサイトスペシフィック・インスタレーションで、下階には18台のガラスケースの中に入った電球が振り子のように揺れ、上階では山林で録音した風の音が轟く、光と音、精緻な立体造形を組み合わせた作品である。上下階の構成は社会の権力構造を示唆しており、そこで繰り広げられる劇場的なインスタレーションに、詩情的でありながらも、社会批評性を与えている。

 この二層構造は、深層心理学における母性と父性の対比に、親和性を見出すことができるだろう。とくに発達心理学では、母性は自然的な「内的空間」を表し、父性が規範的な「外的空間」を意味するとされている。生後間もない幼児の心理的状況の特徴は、対象世界(他者)との一体性あるいは融合性である。自分と他者(世界)が明確に分離していない未分化の状態ともいえ、そういうものとしての世界のプロトタイプ、つまり原型が母親になる。こうした母子一体の世界は、すべて在るものをあるがままに認め、許し、受け入れる世界と言え、文化的規範や社会的規律が発達する以前の、原始的な自然のままの世界とも考えられる。一方、父親は、人間がそうした原始的自然状態から脱して獲得してゆくべき新天地、温かく安らかな「内的空間」の外に広がる厳しい「外的空間」を代表するものである。荒野やフロンティアなどであり、その外の世界で生き抜くために、人は一定の規範に従わねばならない。父は子供に対して、そうした文化的規範の代表者として、その伝達に努める。(※)

 本作の二層構造をこの母性と父性に照らして読み解くならば、下階の精緻な光と立体造形によって構築される心地よい空間は「内的空間」と考えることができる。振り子時計のような個々の光が、調和しながら時間を刻み、それぞれがあるがままでいることができる原始的で母性的な内なる空間だ。それに対して、上階で轟く雷の光や風の音は厳しい「外的空間」を想起させるだろう。抗うことのできない大きな力や厳しい外の世界を感じさせる。母性と父性、原始的な自然と社会的規範、自分と他者。人間性の本質にある対立要素を作中に共存させることで、久門は作品の意味を複層化し、より巨視的な視点で人間や社会を描写しているのである。

 多様な要素を内包しながらも、綿密に考え抜かれた平衡状態は詩情性を醸成し、久門の作品は、安易に政治的内容に偏ることも、叙情的なノスタルジーに陥ることもない。それゆえ作品は開かれたものとなり、観者はその中で自由に考え、感じることが許される。観者の数だけ解釈は増え、作品の意味は拡がり続けるだろう。これが久門の作品の詩情性で、最大の魅力であり、可能性である。


徳山拓一 森美術館アソシエイト・キュレーター

※松田滋著「父性的宗教 母性的宗教」、東京大学出版会、P43-50、1987年